2019年06月17日

高井忍『蜃気楼の王国』

〈2019年読書感想27冊目〉
高井忍『蜃気楼の王国』


稗史を題材とした5篇が収録された連作歴史ミステリィ短篇集です。
5篇はそれぞれに独立しているのですが,同一の世界観上にあります。
ごく薄いながらもそれぞれに繋がりがあるのが楽しい。
一部の逸話や登場人物は他篇にも登場してきますしね。
扱われる主題は琉球王国が3篇,源義経が1篇に雨月物語が1篇。
琉球王国の始祖という伝説が残る源為朝の物語が中心と言えるかもしれません。
歴史に名を遺す人物たちが主役を務めるというのも大変に嬉しい。
特に遠山の金さんこと遠山景元は2篇で主要な役割を務めることになります。
個人的にはその金さんが登場する「槐説弓張月」が一等好きかなあ。
金さんと謎の老人との語らいだけで進行するお話となります。
正史と稗史に係る作者の姿勢が露骨に表れるのが非常に良い。
歴史は歴史,創作は創作という,自分の趣向とも合致するものがあります。
謎の老人の正体は誤導要素もありますが,割と容易に推定することが出来ましょう。
表題作「蜃気楼の王国」もそうですが,細かな史実が組み込まれるのが素敵です。
「蜃気楼の王国」で扱われる米水兵殺人事件は実際にあった事件です。
これを鮮やかに創作として仕立て上げる作者の手腕が素晴らしい。
題名である“蜃気楼の王国”の真の正体も納得出来るものがありました。
「雨月物語だみことば」を除く4篇は多かれ少なかれ関係があるのも楽しい。
源義経と源為朝というふたりの源氏の英雄に係る伝承が主体となっています。
それが庶民の願望等ではなく,為政者による作為という解釈も良い。
時代背景からしても相応に納得出来る理由が描かれます。
稗史の真偽ではなく,稗史の存在そのものが物語の主体と言えましょう。
まさに歴史ミステリィの本質に或る意味で真っ向から疑念を呈している作品です。
逆を言えば,歴史という学問への真摯な尊重とも言えるのでしょうが。
様々な意味で歴史への想いを考えさせられる作品でした。
勿論,単純にミステリィとしても十分以上に楽しめる作品ばかりであります。
改めて歴史に対する作者の姿勢を痛感させられたような気がします。
そして,その稗史を理由する者への断罪が爽やかでありました。

(光文社文庫 2016年)

タグ:高井忍
posted by 森山樹 at 06:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想