2015年12月23日

ピーター・トレメイン『消えた修道士(下)』

〈2015年読書感想49冊目〉
ピーター・トレメイン『消えた修道士(下)』


 7世紀のアイルランドを舞台とするミステリィ〈修道女フィデルマ〉の長篇第7作目の下巻です。上巻で提示された幾つもの不可解な謎を法廷で見事な論理で解き明かすフィデルマの活躍が堪能出来ます。この爽快感が素晴らしい。この複雑に入り組んだ陰謀が此処まで綺麗に明かされるというのがたまらなく楽しいです。その真犯人は或る程度予想出来るものではありましたが,幾つもの誤導が仕掛けられており最後まで緊張感を失うことはありませんでした。このあたりの語りの上手さを実感します。そして何よりも結末でのフィデルマのとある決断があまりにも予想外。この状態で次巻の刊行を待たなければならないというのが辛過ぎます。或る意味で今回の事件そのものが吹き飛ぶくらいの衝撃でありました。物語の根幹にも関わる気がするのだけれども,今後の展開がどうなるのか非常に気がかりであります。このあたりがアイルランドとローマという同じキリスト教社会にありながらも別々の文化圏に属するふたつの地域の意識の差ということなのありましょう。それにしても驚きました。

 フィデルマとエイダルフの着実な捜査とそこから導き出される結論を述べる法廷の場が楽しい。特に大勢を前にしても些かも怯むことなく真実を明らかにするフィデルマの格好良さが素晴らしいです。尤も,それ故に今回は危機に陥るわけではありますが,その窮地を救うのがエイダルフというのが王道に素敵でありました。多少の偶然が関与したことは否めませんが,それも全てはフィデルマとエイダルフによる丁寧な捜査の賜物。フィデルマによる推理の源は聴き込みと現場捜査という古典的な手法に支えられています。7世紀アイルランドというミステリィで扱うには珍しい舞台ではありますが,フィデルマの捜査はあくまでも王道に則ったものということが言えます。逆を言えば,7世紀という過去に現代的な意識を持った探偵としてフィデルマが存在すると言えるのかもしれません。そして,そのフィデルマを生み出したのが古代アイルランドを支配するブレホン法というのがやはり素晴らしく思えます。その先進性には常に驚かされます。オー・フィジェンティのブレホンであるソラムとフィデルマとのブレホン法を巡る解釈の丁丁発止は楽しかった。今回の法廷を裁く立場にある主席ブレホンのラモンもいい味を出していました。逆にフィデルマの兄であるモアン国王コルグーはやや柔弱な面が目立ったのが残念。妹の傑物ぶりにやや見劣りしてしまっているような気がします。だからこそ,今回のような陰謀の渦中に巻き込まれてしまうのかもしれません。悪い人ではないのですけれどね。

 相変わらずのフィデルマの名推理が堪能出来る作品でありました。今回は国王襲撃に聖遺物に紛失,更には修道院を含む村の襲撃と物語に大きな起伏があったのが特徴的。それなりに長い作品でありながらも全く飽きさせることなく一気に最後まで読み進めてしまうだけの魅力に満ちています。また,7世紀アイルランドという特異な舞台を単なる雰囲気だけに留めず,その時代その場所を舞台とするに値する説得力を醸し出しているように思いました。最後のフィデルマの決断も含めて先が大いに気になるところ。次なる邦訳を心待ちにしたいものであります。
posted by 森山樹 at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想
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