2016年02月07日

森晶麿『アドカレ!』

〈2016年読書感想8冊目〉
森晶麿『アドカレ!』


 広告業界を舞台とした青春小説です。〈花酔いロジック〉と同じく戸山大学を舞台としている為に酔理研究会が折に触れて登場するのは楽しい。物語上での絡みは一切ありませんけれども。名コピーライターだった亡き父に憧れて同じ道を志した主人公と彼を雇った学生による広告代理店<アド・カレッジ>の代表取締役であるバードとの物語が描かれます。相変わらず,男女の微妙な距離感を描かせると森晶麿は巧いです。但し,少し気になるのは今作のふたりと〈黒猫〉シリーズの黒猫と付き人,或いは〈花酔いロジック〉の蝶子と神酒島との関係が些か構図が似過ぎてはいないかということ。それが悪いわけではないのですけれど,関係も展開もほぼ同一ということはやや興が醒める気がします。とは言え,その端整的な文章はやはり魅力的。普段はそれ程興味を感じない広告代理店業界の内実も面白かったです。このあたりは作者の経験に因るものが大きいのでありましょう。小気味よく進む早い展開も飽きさせることなく楽しむことが出来たように思います。だからこそ,些事とは言え,上述のことが妙に気になって仕方ありません。画竜点睛を欠いた気がします。

 構成は5篇からなる連作短篇集。それぞれに変わった趣向の広告業が描かれるのが楽しい。とは言え,あまり興味がない分野ということもあって,提示された広告の良し悪しは分かりかねる部分があります。結局は駄洒落に過ぎないと思ってしまうのは穿った見方なのでありましょうか。個人的には最終話「絵コンテの謎を解け!」が一番面白かった。尤も,謎そのものは割と安直なので,ほぼ最初から解答に至ってしまっていたのは残念。意外性という点においては不足している気がします。とは言え,その解答に至る構成は此処までの蓄積を存分に生かしているという点で面白かったです。また,第四話「コンペ再び! 夜行列車を復活させよ!」もかなり好き。この第4話と最終話で大きな役割を果たす大物コピーライターのレオン獅戸は割と魅力的でありました。尤も,結果的には引き立て役にしかならないのが残念。それでも大物と呼ばれる所以の大物感は十分に漂っていたように思います。彼に従う天通の樋口の小物感は酷かったけれども。気になったのは,結局,主人公が名コピーライターであった父の遺した影響下から脱却出来ていないのではないかということ。仮に父が名コピーライターでなければ,例え広告業界を目指していたとしても此処まで順調に歩みを進めることはなかったように思います。また,<アド・カレッジ>の岩瀬さんと木梨君の活躍があまり見られなかったのは残念。特に木梨君はいるだけの存在に留まっていたような気がします。岩瀬さんももう少し出番が多いと嬉しかったです。

 大きな広告代理店に立ち向かう小さな広告代理店という構図が如何にも青春小説として楽しかったです。篇を追う毎に成長していく主人公も頼もしい。徐々に近付くバードとの関係もそれはそれで面白いものがありました。何よりも知らない業界の知識を得られるというのはやはり興味深いものがあります。広告代理業というものの本質は未だに見えないままですけれども。問題は一定の成果を得られた結末だったので,続きを書くのが難しそうというところでありましょうか。父やバードの影響下から脱して自分なりの色を見せる主人公の広告と再び出逢える日を待ち望みたいものです。気に懸る点は幾つもありましたが,それでもなお楽しい作品であることに違いはありません。

(富士見L文庫 2016年)

タグ:森晶麿
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2016年02月04日

折口良乃『探偵事務所ANSWER アンサーさんとさとるくん』

〈2016年読書感想7冊目〉
折口良乃『探偵事務所ANSWER アンサーさんとさとるくん』


 『探偵事務所ANSWER アンサーさんと都市伝説』に続く〈探偵事務所ANSWER〉シリーズの第2作目。今回は探偵事務所ANSWERで働く八戸九楽とその妹である一音が物語の中心に位置します。また,アンサーさんこと明石屋士郎の弟である聡も登場。アンサーさんとは正反対に霊的な力を全く持たない彼が論理で謎に迫っていく対称的な姿は面白い。とは言え,前作同様に物語としては奇をてらい過ぎて成功に至っていないように思えるのは気の所為か。予想とは全く異なる結末は意外性があったものの,それが新鮮な驚きや爽快感に結び付いていないのは残念です。改めて,自分は突飛な設定というものに耐性がないのだなあと言うことを思い知りました。設定そのものは割合に好みなのですけれども,物語の方向性が自分の好みではないというべきなのかもしれません。癖のある文章も読み辛さを感じさせます。このあたりは単純に嗜好と言うべきでありましょうけれども。見るべきところがないとは言いませんが,それよりも負の方向性を抱いてしまう点が多かったのは残念でした。

 構成は連作短篇集という感じ。幾つかの物語が最後に収束する形になっています。とは言え,それが些か唐突に思えた感が強いです。語り手である響子とアンサーさんはともかく初登場の聡は賢しらな少年と言う感覚が強くてあまり好感を得られませんでした。或る意味では物語が解決するに至った最大の功労者ではあるのですけれども。九楽と一音の真実はかなり付会なもの。発想は面白いのですが,練り込まれずに未完成の儘であったという印象を受けます。扱われる都市伝説は「口裂け女」「コトリバコ」「くねくね」など。割合に近年の都市伝説が多いなあという印象を受けます。但し,その都市伝説そのものに対する深い考察が為されていないのはやはり不満が大きい。どちらかというと単純に舞台装置としての役割にしか感じられませんでした。この種の作品では如何に都市伝説を独自の解釈で解明するかが一番肝要だと思います。その点においてはほぼ完全に欠けているのは残念でした。アンサーさんに呼応する形でのさとるくんの登場もあまり意味があったように思えません。都市伝説を用いるならば,その用いるに値するだけの理由が欲しいところです。前巻末での主人公の父親に対して明かされた謎への補足が何も為されていないのも不満が残りました。

 前作で感じた不満点が更に大きくなっているのは残念。奇をてらった物語が読みたい向きには良いのかもしれません。それが面白さに繋がっているわけでもないというのも個人的には感じます。登場人物全てが狂っているように感じるのは或る種のホラー小説としては成功しているのかしら。それが意図したものであれば,素晴らしいと思いますけれども。いろいろな意味で中途半端さを感じる作品でありました。どうせならば,振り切れるところまで振り切ってしまった方がいいのではないかと思います。次回作を読むかどうかは悩ましいです。

(メディアワークス文庫 2016年)

タグ:折口良乃
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2016年01月31日

太田紫織『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は十一月に消えた』

〈2016年読書感想6冊目〉
太田紫織『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は十一月に消えた』


 北海道を舞台とした連作ミステリィ〈櫻子さんの足下には死体が埋まっている〉の第4作目。今回も短篇集となっています。作品を通じる不穏な雰囲気が表面化した気配もあり,転換となる一冊と言えるでしょう。過去の事件に登場した人物が再び中心となる物語があるのも嬉しい。勿論,新たに今後も活躍しそうな人物も登場しています。相変わらずの北海道の美味しいものも描かれます。ミステリィとしてはやや弱めなのは最早個性として昇華するべきなのかもしれません。流石に第4作目まで読むことで登場人物も一定の愛着が湧いてきたのも事実。とは言え,やはり個性はやや薄め。と言うよりも,濃くしようとして結果的に平凡な造形に留まっている印象があります。尤も,無為に現実離れした濃さよりは遥かに好ましいとは思えるのですけれども。主人公である正太郎の語り口がやや苦手があるというのが一番の問題であります。いい子過ぎて逆に違和感を覚えてしまうというのは否めません。これさえなければもっと楽しめるのになあと思います。

 収録されているのは3篇。どれも可もなく不可もなくと言ったところですが,表題作「蝶は十一月に消えた」は今後に大きく影響しそうな雰囲気が漂う作品。事件に関わる三人の少女の誰もに共感出来ないというのは或る意味で稀有かもしれません。この事件で少女たちを暗に事件に誘う契機を作った人物はいずれ再登場しそうな予感がします。或いはそれは櫻子さん自身への謎へと繋がるのかもしれません。このあたりはやや早計な気がしないでもありませんけれども。「猫はなんと言った?」と「私がお嫁に行く時に」は正太郎の同級生である鴻上百合子が再登場。内海刑事や磯崎先生と共に今後も折に触れて登場するのでありましょう。正太郎への淡い想いと櫻子さんへの憧れを感じるのは気の所為か。「猫はなんと言った?」は百合子の叔母である椿が巻き込まれたストーカー事件が描かれます。ミステリィとしては最初から真相が見通せてしまうのは流石に悲しい。かなり安直過ぎる気がします。椿の惚れっぽさにも違和感を覚えます。「私がお嫁に行く時に」は百合子の祖母が残した絵に纏わる物語。櫻子さんが百合子に提示した優しい解答がたまらなく素敵。今回収録の作品の中では一番お気に入りかもしれません。唯一読後感が良いというのもその理由でありましょう。尤も,これもミステリィとしてはごく弱いのではありますけれども。きちんと櫻子さんの個性を生かした上での結末に魅せられました。

 過去の作品からの蓄積を踏まえて,それなりに楽しめるようになってきた作品でした。櫻子さんの謎が幾つか提示されてきたのは今後に期待を抱かせます。新たに登場した沢さんも旭山動物園の飼育員ということで更なる活躍は望めそう。博物学趣味的にもっと濃い要素を交えてくれることを望みます。エピローグで描かれた全員揃ってのパーティでの櫻子さんの態度はやはり不可解。このあたりは今後明らかになるのでしょう。相変わらず思わせぶりな正太郎の術懐の真相がいつか明かされる日は来るのでしょうか。その日が来るのはやや怖い気もします。

(角川文庫 2014年)

タグ:太田紫織
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2016年01月27日

葉山透『0能者ミナト(7)』

〈2016年読書感想5冊目〉
葉山透『0能者ミナト(7)』


 零能者こと九条湊と総本山の法力僧である孝元の過去が語られる〈0能者ミナト〉の第7作目です。とは言っても,出逢いが描かれるわけではないのが残念。それはまたの機会のお楽しみということになりそうです。理彩子とも既に知り合っているようですが,本篇には名前だけの登場に留まりました。この三人の若き日の物語もいずれ期待したいものです。今巻も短篇が2本収録されていますが,どちらも湊の普段見せない表情が垣間見えるのが面白い。斜に構えた露悪的な人間ではありますが,その本性は異なる雰囲気を感じます。或いは完全に捻くれるにはまだ純粋過ぎるというべきかもしれません。だからこそ,魅力的なのであり,理彩子や孝元が友人であり続け,沙耶やユウキが慕うのでありましょう。尤も,ユウキはともかく沙耶が妙に湊に毒されつつあるのは気になるところではあります。或る意味ではユウキよりも沙耶の方が影響を受けているのかもしれません。ユウキは寧ろ素直に少年らしくなってきた感があります。或いは湊を反面教師としているのかもしれませんけれども。

 上述のように2篇が収録。それにいつも通りの閑話が末に収められています。「七」は伝承に名高い七人ミサキを扱った物語。七人ミサキの本質とそれを逆手に取った湊の戦略が鮮やか。とは言え,それは大変苦いものでありました。いつもより多めの酒を呷る湊の気持ちはよく分かります。このような経験を繰り返すことで湊の現在のような人格が形成されたのかと思うと辛いものがあります。そして,それを決して割り切ることの出来ない湊の純粋さと孝元の覚悟に魅力を感じるのです。羅漢と功刀はいつか再登場するのでしょうか。結末で沙耶とユウキからの報告を受ける湊の姿が大変印象的でありました。「化」は時の止まった村を舞台とした不思議譚。その壮大に過ぎる試みが圧巻であります。そして,その試みの陰にあった小さな想いが切なくてたまりません。或る種の幸福な結末であったと言っていいのでしょうか。少なくとも,彼が満足して逝ったことだけは救いに感じます。それはともかくとして妙に懐かれる湊の姿が楽しい作品でありました。沙耶とユウキの活躍も楽しめます。というよりも,ひたすらに彼を愛でていただけのように思えるのは気の所為でしょうか。湊がいなければ物語は起こりえず,湊がいたからこそ物語は終結したというのは皮肉に思います。SF的な見地からも興味深い物語でありました。

 2篇ともに如何にも〈0能者ミナト〉らしい物語で大満足です。殊に「七」はその独自の発想が大変魅力的でありました。七人ミサキの本質なんて考えることもなく,単純に受け入れていましたが,幾らでも考えようはあるのだなあと感心します。相変わらず,閑話の肩の力が抜けた感じも楽しい。今回は理彩子が湊ともに孝元を追い詰める意外な展開が面白かったです。まあ,あれは素直に孝元に非があるような気がしてなりませんけれども。次巻への予告になっていないのは少し残念。まあ,それは読み始めてからのお楽しみということにしておきましょう巻を追う毎に加速度的に面白くなっているのが嬉しいです。
タグ:葉山透
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2016年01月24日

森晶麿『黒猫の回帰あるいは千夜航路』

〈2016年読書感想4冊目〉
森晶麿『黒猫の回帰あるいは千夜航路』


 フランスから帰国した黒猫と彼に再会した付き人,ふたりの心の軌跡が描かれる〈黒猫〉シリーズの第6作目。今回は久しぶりに短篇集という体裁を取っています。相変わらずの絶妙の距離感が切なくも美しい。その端整で理知的な文章も素敵。エドガー・アラン・ポオの作品を根底に黒猫の解く美学がたまりません。とは言っても,エドガー・アラン・ポオの中でも今回扱われている作品は読んだことのない作品ばかりというのが残念でありました。物語の着想となった作品に触れていれば,また違った感慨を得られたのかもしれません。尤も,いつも通りにこの作品だけを読んでも十分に楽しめることも事実。或いはこの〈黒猫〉シリーズを端緒としてエドガー・アラン・ポーの一連の作品への興味が増したように思います。幻想文学を愛する者として,いつかは必ずエドガー・アラン・ポオの作品に再び臨みたいと思います。その契機となった意味からしても,非常に意義深い作品でありました。

 収録されているのは6篇。いずれもが様々な形での愛が謳われています。時が巡るにつれて縮まって行く黒猫と付き人の距離と其処から踏み出せない一線の存在に切なさを感じます。もどかしいという言葉が適切かもしれません。どれも印象的なお話ばかりですが,敢えて挙げるならば「男と箱と最後の晩餐」が一番好きかなあ。ミステリィとしては弱めですが,その狂おしいばかりの愛の形が美しい。他の作品でも同様でありますが,愛と隣り合わせの死が色濃く描かれているのは意図的なものでありましょう。それは「空飛ぶ絨毯」の冒頭がパリでの大規模な交通事故から始まることからも言えるでしょう。或いは黒猫の死という最悪の想像がふたりの関係を転換させる契機となったことを物語るかのように。「笑いのセラピー」は黒猫の姉である冷花によって語られるお話。幼き日の黒猫の姿が楽しい。冷花の犯した取り返しのつかない過ちは時を経て氷解したことで良かったと言ってもいいのかしら。このあたりは割り切れないものを感じます。冷花の目から見た黒猫と付き人の姿は新鮮でありましたけれども。「戯曲のない夜の表現技法」はその大がかりな魔法が大変魅力的。但し,残された方にとっては或る種の残酷さも感じます。それすらも計算した上での唯我的な愛と言ってしまっていいのかは疑問が残ります。物語の完成度は一番高いかなあ。最後の「涙のアルゴリズム」は人工知能が作り出した楽曲を巡る物語。愛と死からの逃避と赦しがあまりにも切ない。物語そのものも面白かったのですが,黒猫が語る未来の芸術像が非常に興味深かったです。このシリーズならではお話と言っても差し支えないでしょう。美学的見地からはこの作品が一番楽しめました。

 黒猫と付き人の関係の変化を含めて大満足の作品でありました。ミナモの再登場を含めて,ふたりの周囲の人物の動きも印象的。思えば,このシリーズの中での時間も既に数年が経過しています。漸くふたりの時間が同じ時を刻んでいることを共に認識したということなのでしょうか。黒猫の細やかな,しかしはっきりとした意思表示が嬉しく思えました。新たな段階へと進んだふたりの関係が今後如何に描かれていくのか楽しみでなりません。このシリーズは長篇も勿論良いのですが,個人的には小気味よく進む短篇集の方が似つかわしく思えます。いずれにせよ,漸く訪れた待望の瞬間を味わうことが出来たことが幸せでありました。

(早川書房 2015年)
タグ:森晶麿
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