2019年10月03日

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔』

〈2019年読書感想59冊目〉
大塚已愛『ネガレアリテの悪魔』


19世紀末ヴィクトリア朝ロンドンを舞台とした冒険活劇です。
ルーベンスやターナー等の絵画が主題となるのが美術好きとしては嬉しい。
また,ヴィクトリア女王やラスキンといった当時の著名人も登場します。
物語の中心となるネガ・レアリテと呼ばれる世界というか現象が興味深い。
要は絵画を媒介としてあの世との租界が顕現すると言えばいいのでしょうか。
色彩が反転するというのが如何にも絵画的で個人的には好みですね。
主人公はエディスとサミュエルのふたりということになるのかな。
この作品の鍵となるのは“贋作”という存在。
両親の実子ではないエディスと人ではないサミュエルも贋作という想いを抱いています。
これに付け込むのが敵役であるローレンス・ブラウンと名乗る謎の存在。
ネガ・レアリテを舞台にエディスとサミュエルの戦いが描かれます。
一応,幕間を含めて三話が収録された短篇集形式なので読み易いです。
二話と三話はラスキンやヴィクトリア女王の描写が悪意に満ちているのが気になります。
史実としては確かにそういう見方も出来るのかもしれませんけれどもね。
ローレンス・ブラウンの出自を考えると彼の視点からは仕方がないのかなあ。
ヴィクトリア朝という時代を真摯に描く姿勢はかなり好み。
勿論,時代に即したあの事件も作中で取り上げられることになります。
物語としてはいろいろな伏線が残ったままなので続きは期待出来そうかなあ。
サミュエルとローレンスの戦いが終わったわけではありません。
サミュエルの正体は分かりましたが,その出自と失われた記憶は謎のまま。
ロシア人のアレクセイも三話では姿を見せることはありませんでした。
やや気になる点も多いですが,個人的にはかなり好みの作品です。
今後の展開に期待したいと思います。

(角川文庫 2019年)

タグ:大塚已愛
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2019年09月16日

雪富千晶紀『ブルシャーク』

〈2019年読書感想58冊目〉
雪富千晶紀『ブルシャーク』


富士山の麓の山中の湖に突如現れた巨大鮫による災厄を描いたパニック小説です。
鮫映画という分野がありますが,まさにそれの小説版といった感じ。
トライアスロン大会が開催される“その日”が迫る雰囲気が大変怖くて良い。
また,様々な人物の視点から追われる群像劇といった趣も好みであります。
題名となっているブルシャークとはオオメジロザメのこと。
河川を遡り淡水域でも生存出来る非常に厄介で凶暴な鮫であります。
映画『ジョーズ』の元になった事件もこの鮫が引き起こしたのではなかったかな。
密かに,そして徐々に増えていくブルシャークの忍び寄る被害が非常に良いです。
勿論,人間たちの思惑が絡み合い,取り返しのつかない事態へと進むのもお約束。
大会を是が非でも開催したい市当局とスポンサーに唾棄したくなります。
また,通常よりも更に巨大なブルシャークそのものの謎が描かれるのも面白い。
科学的な見地からの説明は興味深いものがありました。
実際にこのような作用が働くのかどうかは別にして説得力はあります。
事実上の主人公である矢代とマリのふたりはかなり魅力的で良かった。
特に矢代は大会運営の責任者でありながら,被害を食い止める側で尽力します。
様々な思惑に翻弄されながらも最後まで諦めない姿勢が格好いい。
マリは海洋生物学の准教授として鮫の正体を探る役割を担います。
親友であるウィル・レイトナーの失踪への想いも悲しみに溢れていて良かった。
また,トライアスロンのかつての覇者であるジャック・ベイリーの立ち位置も素敵。
一面を惨劇に変えたブルシャークの襲撃から選手の救助に奔走します。
葛藤を抱えながらも或る種の贖罪を果たす彼はまさに救世主でありました。
いろいろな出来事を描きながら迎えたトライアスロン大会の日の緊張感がたまらない。
惨劇を予感させながら,実際に惨劇が起こることに,やりきれなさを感じます。
何処かで歯止めをかけることが出来た筈なのですよね。
とは言え,大暴れするブルシャークに狡猾なまでの魅力があるのもまた事実。
何と言うか非常に優れたパニック小説であるなあと感じました。
展開に意外性はないのですが,だからこそ王道としての面白さというべきでしょうか。
個人的にはかなり好みの作品でした。
折に触れて挿入される,とある生物からの視点も効果的です。
次回作を予感させる結末も如何にも鮫映画的であると言えましょう。
この作者の作品はいずれ追っていきたいと思います。

(光文社 2019年)

タグ:雪富千晶紀
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2019年09月15日

神坂一『スレイヤーズ(13)降魔への道標』

〈2019年読書感想57冊目〉
神坂一『スレイヤーズ(13)降魔への道標』


表紙の金髪エルフのメンフィスが可愛い〈スレイヤーズ〉第13巻です。
個人的には『クリムゾンの妄執』と並ぶえぐい展開に感じる巻でもあります。
悲劇性は次の『セレンティアの憎悪』の方が圧倒的かもしれないけれど。
前巻に引き続きガイリア・シティが舞台というのが予想外でした。
というわけで,前巻で重要な役割を担ったジェイドも再登場,と言っていいのかどうか。
マイアスの存在は或る意味で救いではありましたが。
次巻以降でのルークの変容への萌芽が此処に始まっている感があります。
今巻において対峙するは五人の腹心のひとり覇王グラウシェラー。
冥王フィブリゾや魔竜王ガーヴを超える圧倒的な強さがたまりません。
そのふたりとは異なり完全に滅ぼすことは出来なかったので再登場がありうるのかな。
相変わらず,リナの裏技めいたというか反則くさい戦法が大変好き。
ミルガズィアとメンフィスの異種族コンビも大いに目立っています。
特にメンフィスはその可憐さとは裏腹の偏食と毒舌ぶりがよろしい。
“白蛇”のナーガに影響を受けている点は流石にどうかと思うけれどね。
第一部で重要な役割を担った魔獣ザナッファーの意外な形での再登場も良かった。
このあたりは第16巻あたりでも活かされる伏線となっているのが素敵です。
そして,ミルガズィアはすっかりお茶目なギャグドラゴンとなってしまいました。
こういういじり方は或る意味で〈スレイヤーズ〉の特徴とも言えますね。
一連の事件の黒幕だった覇王グラウシェラーはこれで一応退場となりました。
ルークとミリーナ,ミルガズィアとメンフィスともここでお別れとなります。
第二部も残すは二冊のみ。
此処からどのような結末を辿ることになるのか楽しみにしたいと思います。
流石にこのあたりの展開は覚えているのですけれどね。

(富士見ファンタジア文庫 2008年)

タグ:神坂一
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2019年09月14日

神坂一『スレイヤーズ(12)覇軍の策動』

〈2019年読書感想56冊目〉
神坂一『スレイヤーズ(12)覇軍の策動』


第一部に引き続きディルス王国が舞台となる〈スレイヤーズ〉第12巻です。
サイラーグといい,ガイリア・シティといい,不運な街はとことん不運です。
それでもめげずに復興するのが,この世界の人間の強さというべきか。
とりあえずは覇王将軍シェーラとの決着を見る巻でもあります。
まあ,割とあっさり気味だった気がしないでもありませんが。
ルークやミリーナに加えて,ミルガズィアも再登場するのが嬉しい。
更に新たにエルフ少女のメンフィスも姿を見せます。
尤も,ミルガズィアとメンフィスの出番は実質物語終了後なのですけれど。
次巻以降での活躍を楽しみにしたいものです。
第二部らしい心を折るようなえぐい展開は健在。
前巻程ではありませんが,家族の絆を断ち切る魔族らしさがたまりません。
今巻で初登場のジェイドはこの世界では珍しい真っ当な騎士だけに余計に。
このあたりも次巻以降への伏線となっているのが更に厭らしいです。
覇王将軍シェーラとその配下の魔族の出番がかなり多いのも今巻の特徴。
レビフォアと『シャーマン』以外は割に一発屋に止まっていますが。
そして,今巻ではミリーナの知的な戦いぶりが目立っています。
援護役としての彼女の立ち位置が非常に素敵。
ルークへの語られざる想いもなかなか悪くありません。
これもまた伏線かと思うと複雑な感情を抱かざるを得ませんが。
基本的には戦闘場面が中心という構成はこれまで通り。
人間心理を突くリナの悪辣な戦術はやはり楽しいです。
そろそろ事件を操る覇王グラウシェラー本人も登場してくる頃でしょう。
覇軍の策動の真意が明らかになる時を期待します。

(富士見ファンタジア文庫 2008年)

タグ:神坂一
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2019年09月11日

神坂一『スレイヤーズ(11)クリムゾンの妄執』

〈2019年読書感想55冊目〉
神坂一『スレイヤーズ(11)クリムゾンの妄執』


魔族の陰謀が人間社会を蝕みつつあることを実感する〈スレイヤーズ〉第11巻です。
まあ,魔族自体は登場しないというのが,割と珍しい展開ではあります。
魔道士協会が舞台や人間のキメラが登場するので『アトラスの魔道士』を想起させます。
このあたりは前巻から引き続く傾向ではありますね。
また,第二部で仲間となるルークとミリーナの出番がないのも特徴的。
あまりに陰鬱な結末も含めて,シリーズの中では異彩を放っています。
尤も,今後は最後までこの傾向は引き継がれていくのですけれどね。
何気に,どころか今巻は登場人物がほぼ全員退場してしまうというのはしんどい。
魔道士ディラールなんて何のために登場したのかすらよく分かりませんでした。
ベルとアリアの姉妹の悲劇もやるせないものを感じてしまいます。
人間の負の感情に付け込む魔族の悪趣味さが強烈なお話でありました。
ドゥールゴーファが大きな役割を果たし,覇王将軍シェーラの再登場を予感させます。
現段階では覇王将軍シェーラ及び覇王グラウシェラーの目的は不明のまま。
それ以外の獣王や海王が何処まで関わっているのも未だに分かりません。
獣王が参戦しているなら,ゼロスも登場しそうなものですけれどね。
しかし,第二部に入ってからは敵が外道ばかりというのは辛い。
第一部以上に敵味方第三者の退場者が多いような気がします。
今にして思えば,アメリアのあの明るい雰囲気は救いでありましたね。
相変わらず戦闘場面が多くて物語としては薄さを感じるのも難点かなあ。
第二部としての方向性は分かりますが,何処か迷走も感じさせます。
このあたりは覇王将軍シェーラが再登場するであろう次巻に期待します。
魔族の新たな目的が判明することで展開も締まったものになると思いたいところ。
第一部後半程度には盛り上がることを楽しみにしています。

(富士見ファンタジア文庫 2008年)

タグ:神坂一
posted by 森山樹 at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想